新年のご挨拶 2017

明けましておめでとうございます。本年が皆様方にとりまして良き年でありますように
心からお祈り申し上げます。

昨年は、心が痛む悪質な事件やテロ・事故など次から次で、その上に自然災害の猛威。まさに一瞬でこれまで積み上げてきた生活そのものが奪われてしまう信じられないような光景が、すぐ身近に起こった年でした。

船舶の運航においても、一瞬の 「油断」 「憶測」 「過信」 「判断の遅れ」 が事故につながる真剣勝負の現場です。幸いなことに関門水先区にあっては、水先人乗船中の重大な海難事故は有りませんでしたが、これもひとえに、関係機関のご指導をはじめ皆様方のご支援ご協力の賜物と改めて感謝申し上げる次第です。

平成19年4月に新水先法が施行され、丁度10年目の節目を迎え、「船舶交通の安全を図り、併せて船舶の運航能率の増進に資する」 責務を果たすべく、その時その時代にやり遂げていくべき 「課題」 をしっかり見極め 「海難ゼロ」 を目指し水先人一同頑張ってまいります。

安全確保に終着駅はありませんが、本年は 「安全確保の仕組み作りや後継者の育成指導」 を重点に取り組むと共に、ヒューマンエラー撲滅の為 「BRM」 の活用も欠かせません。

基本に立ち返り、しっかりしたコミュニケーションを行い、船舶運航に携わる関係者全員のチーム力で、この関門海峡の安全確保に寄与できることを願っております。

現在の関門水先人は 1級32名、2級3名、3級3名の構成ですが、3月に1級2名が入会し、
6月には初めての2級水先人の受入れや、複数免許(島原海湾)による小水先区への支援、
引受業務もWEB受付の本格稼働、他に昨年末着工した新社屋が5月に竣工する予定で、
52年間慣れ親しんだ現在の事務所から移転することになり、大きな節目の年になるものと
思います。

これまで以上に水先業務の引受や安全確保・安全管理に、水先人会所属の会員・社員一同
邁進してまいりますので、今後とも皆様方のご支援ご指導を賜りますようよろしくお願い申し
上げます。

                           関門水先区水先人会  会 長  内 田 研 一
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# by kshpa | 2017-01-01 00:00  

新年のご挨拶 2016年

明けましておめでとうございます。本年が皆様方にとりまして良き年でありますようにお祈り申しあげます。

昨年は、イスラム国、安全保障、テロが大きな話題となり年末の漢字一文字の「安」はまさに世相を表す言葉となりました。
当会にとって「安」の一文字は2015年に留まらず、本年以降も意味するところはただ一つ・・・「航海の安全」です。

さて、ここ数年水先人不足問題がとりざたされ、昨年人材確保を目的に国交省、船主協会、水先人連合会ほかの関係者によって設置された「水先人の人材確保・育成等検討会」において対応策が議論されています。
夏までにはその対策が取り纏められるものと思われます。
当会の現会員数は、一級31人 二級1人 三級4人の合計36人体制で船舶からの水先要請に応えております。
幸い当会においては、本年も3人の一級及び1人の三級の新規水先人が誕生する予定で安心しておりますが、九州エリア全体を見れば、水先人は今後不足する傾向にあります。
多くの海技士の皆さんが、水先人の道を目指されることを期待しています。

以下は、海の先達「山本五十六」の名言で、ここ数年来腑に落ちています。
― やってみせ 言って聞かせて させてみせ 褒めてやらねば 人は動かじ
   話合い 耳を傾け 承認し 任せてやらねば 人は育たず
   やっている 姿を感謝で見守って 信頼せねば 人は実らず ―

平成19年から開始された新人水先人の養成教育制度は、年数を重ねるにつれ更に完成しつつあり、若い三級を含めた新たな世代の優秀な水先人も育っております。

最後に関門水先区水先人並びに従業員一同は、引き続き関門港及び海峡の安全確保に邁進してまいりますので、今後とも皆様方のご支援ご協力を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

                                 関門水先区水先人会
                                 会長  野 上 明 芳
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# by kshpa | 2016-01-01 00:00  

新年のご挨拶 2015年

 明けましておめでとうございます。本年が皆様方にとりまして良い年でありますようにお祈り申しあげます。

 昨年もいろいろありましたが、種々のことは紙に書いて羊に食べて頂きましょう。

 さて昨年は、1級水先人1名及び、3級から2級への昇級水先人が合格しました。
 2級合格者については、まだ3級の技量について学び、しばらく当会では3級の業務に就くこととなります。
 現在、1級水先人については34名、3級水先人4名の計38名の陣容で臨んでおります。本年、1級水先人1名、3級水先人1名が新規加入予定です。

 水先法の目的である「船舶交通の安全を図り、併せて船舶の運航能率の増進に資すること」は、当会水先人の変わる事の無いテーマであり、モットーであります。
 安全は決して、単独では達成できないものと承知致しており、ひとえに皆様方のご協力を頂き、邁進していく所存です。

 昨年は、関門水先区水先人会の110周年を迎えましたが、今後更に年月を積み重ね、そのノウハウを蓄積していきたいと存じます。

 ノーベル平和賞を受賞されましたマララさんの様に、本当の真実を目指して頑張って行く所存です。今後共皆様方のご支援ご協力を賜ります様に、本年もよろしくお願い申し上げます。

                                  平成27年 元旦

                                       関門水先区水先人会 
                                       会  長  中 村 和 義
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# by kshpa | 2015-01-01 00:00  

新年のご挨拶  2014年

 明けましておめでとうございます。今年が皆様方にとりまして良い年でありますようにお祈り申しあげます。

 地球温暖化、異常気象が日常茶飯事の話題となって久しい昨今、そのせいか昨年も内外で自然の猛威による被害が多発しました。記憶の新しいところでは、伊豆大島の豪雨・土石流災害やフィリピンでの台風30号被害などがありましたが、今年こそ災いのない実りある年になって欲しいものです。

 さて、平成19年4月施行の改正水先法において、水先人等級別免許制度を含む水先制度の抜本的な改正が行われ、これに伴い当会では現在既に3人の3級水先人が32人の1級水先人と共に水先業務に携わっています。

 水先法の目的である「船舶交通の安全を図り、併せて船舶の運航能率の増進に資する」を念頭に、これら3級水先人は1級水先人共々安全運航に努めるとともに、さらに上級水先人を目指し、一歩一歩着実に日夜研鑽努力を重ねているところです。また、昨年6月に取り纏められた新しい水先人養成制度の下、今年の2月には水先教育センターで2級水先人の養成が始ろうとしています。数年先には当会にも新人2級水先人がお目見えすることになります。

 そんな中、幸いなことに、関門海峡ではここ数年水先人乗船中の海難事故はなく、平穏無事な新年を迎えることができました。これもひとえに各水先人が安全運航に徹した不断の努力に加え、皆様方のご支援ご協力の賜物と改めて感謝申し上げる次第です。そして今年も船陸コミュニケーションを緊密にし、同時にBRMを有効に活用する等、Safety First、安全運航の徹底を図って行く所存です。

 今年は、関門水先区水先人会にとって、明治37年6月に現在の水先人会の前身である下関水先人組合が設立されてから丁度110周年を迎えます。この記念すべき節目の年に当たり、歴史の重みと幾多の先達の労苦に想いを馳せ、これからさらに100年、新たな礎となるように水先人並びに従業員一同、日々切磋琢磨し、引き続き関門港、関門海峡の安全確保に邁進したく思います。

 今後とも皆様方の変わらぬご支援ご協力を賜りますよう、今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

                                平成 26年 元旦
                                関門水先区水先人会 
                                会 長  加藤計太郎
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# by kshpa | 2013-12-31 12:46  

新年のご挨拶 2013年

明けましておめでとうございます。今年が皆様にとって良い年でありますようにお祈り申し上げます。

昨年2012年を振り返ると、欧州債務危機による市場の動揺は世界経済の牽引役をしていた新興国にまで波及しました。
また我が国に目を向ければ、現在の日本社会の基幹である電力を生むエネルギー問題でも国の方針が定まらず、領土問題がこれに追い打ちをかけました。
水先関連では認可料金上限の5%カット、指名船の増加、昨年末にかけての取扱い隻数の減少とトリプルパンチに見舞われました。
世界が、そして日本経済がどのように変貌しようと、島国で小資源国である我が国では、海上輸送を抜きに生活と産業は考えられません。
その一翼を担う水先案内という仕事に誇りを持ち、来る巳年が良い年になることを信じて頑張り、仕事に立ち向かっていきたいと思います。

「悲観論者が、星々の神秘を探求したり、未知の土地に航海したり、人の魂にふれる新しい扉を開いたことはこれまでに一度もない」
------ ヘレンケラー ------


我々水先人は、関門海峡の安全確保に精一杯の努力を続けてまいります。
皆様に変わらぬご支援をお願いいたします。

                    関門水先区水先人会  会長  宮本主司
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# by kshpa | 2013-01-01 00:00  

新年のご挨拶 2012年

明けましておめでとうございます。今年こそ皆様方にとりまして良い年でありますように心より願っております。

昨年2011年は、3月の「東北地方太平洋沖地震」による、東日本大震災、東京電力福島第一原発1~3号機の炉心溶融に伴う大気土壌及び海洋の放射能汚染 又 7月のモンスーン時期に始まったタイ洪水は3ヶ月以上も続き、世界サプライチェーン(供給網)に大打撃を与えました。

2008年のリーマンショック以来、世界中で経済危機を内包している流動的な状況の中での欧州経済・ユーロ危機、円高による日本経済の停滞など、波瀾含み、予測の困難な経済情勢の中、物流の変化により、海上輸送も大きく変化しようとしています。
関門海峡の船舶の航行形態も変貌をとげていくことでしょう。そんな中で私達関門水先人は、ひたすら安全確保に努力を続けてまいります。
皆様方の変わらぬご支援をお願いいたします。

                    関門水先区水先人会 会長  鵜殿 剛
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# by kshpa | 2012-01-01 00:00  

年頭のご挨拶

新年明けましておめでとうございます。 2011年が皆様にとって、より良い年となりますよう心よりお祈り申し上げます。

昨年は、一昨年の経済ショックの立ち直りが期待されました。しかしながら、僅かな回復に留まり、期待ほどには立ち直れない状況でした。
本年は何とか立ち直って、明るい話題が満ちることを願っております。

近年はパイロットにとっては変革の時代であり、色々な波が押し寄せております。

その第一歩として、本年は今までと全く異なった船長出身者ではないパイロット学校出身の3級パイロットが、7月より我々の世界に加わる予定です。
関係皆様の暖かいご支援とご指導をお願いいたします。

また、以前から船社の要望もありました指名制が、本年春ごろより関門港において開始される予定です。この指名制度とは、特定の船舶について別立ての料金制度により水先業務を引き受けるものであり、我々にとって全く未知の分野であります。現在のシステムとの整合を図りながら、この新しい事業に取り組むには関係皆様のご協力が必要と考えられます。よろしくご配慮の程お願い申し上げます。

我々、パイロットにとって、水先法にある『船舶交通の安全を図り、併せて、船舶の運航能率の増進に資する』という命題は絶対的なものであり、究極の目標でもあります。
大きな変革の波に洗われながら、この命題を守り、更なる一歩を本年も目指していきたいと思っております。
幸いなことに、ここ数年無事故で水先業務を果たし、関門港の安全と発展に寄与しているものと自負しております。しかしながら、昨年は関門橋付近でのパイロットの乗っていない船による大きな事故が多発しており、我々パイロットも危険な場面に遭遇しております。
今後とも、関係機関、関係各位の皆様と話し合いながら、安全を考え、水先業務に全力を尽くす所存です。

関門海峡の通峡船及び関門港への入出港船の安全な水先業務と運航能率増進に向けて、
水先人会所属の会員、社員一同、一層精励努力し、海難事故ゼロを目指して邁進いたします。
今後とも、皆様方のご指導ご支援を賜りますよう本年もよろしくお願い申し上げます。

                                  関門水先区水先人会 会長 齋藤辰郎
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# by kshpa | 2010-12-31 10:57  

2010年 年頭所感

新年明けましておめでとうございます。2010年が皆様にとってよい年になりますようにお祈り申し上げます。

「光陰矢のごとし」といわれますが、去年の1年は何かしらバタバタしている間にあっという間に過ぎ去りました。リーマンショックのあおりを受けて業務量は激減しましたが、ここに来て海運も少しは回復しつつあるのかなーと感じる日もあります。金融工学とかデリバティブ商品とか素人にはなじみの無い話で、それの破綻とかで皆が引っ掻き回されるのはごめんですね。いくら自由経済といっても、強欲集団には何らかの規制を加えないと又同じ轍を踏むことになりませんか。

工学に限りませんが科学技術の進歩はすばらしく、JAXAのHTV(宇宙ステーション補給機)やソユーズがISS(国際宇宙ステーション)にドッキングする様子をテレビで見せられると、ピラミッドの頂点にある最高の技術と訓練された超エリート飛行士達又それを支援する多数の地上スタッフがセットになっての成果とはいえ、古代人の我が頭脳はただ魂げるばかりのみ。

宇宙とは次元が異なるが、かたや船舶の操船シミュレータの技術も進歩しています。昨年は大型LNG船の入港時のビジュアル操船シミュレータ訓練に当会の水先人延べ9人が参画しました。ファストタイムシミュレーションで演算された標準操船例と必ずしも合致しませんが、それは平均的な水先人の安全率に対するバイアスを考慮すると当然の結果であり、実際には行き会う他の船舶との見合い関係が生じた場合やタグボートの使用法など臨機応変の応用動作が必要であり、目的は全く同じく安全運航で業務を全うすることであることから、水先人の実際の嚮導の軌跡は容認されてしかるべきものと確信しています。

幸い昨年は水先人乗船中の海難事故はゼロであった。これもひとえに各水先人が安全運航に尽くした努力の賜物であるとはいえ、ヒヤリハットが皆無であったわけではない。ハインリッヒの法則は生きている。今後とも、我々水先人は自分が絶対ではなく、「憶測」、「過信」、「独断」などヒューマンエラーに起因する間違いを冒す可能性があることを自覚して、BRMを積極的に活用する等、これからも「無事是名馬」で事故防止を図って行きたいと念じています。

「いく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまるためしなし。・・・」(方丈記)と「常に同じものはこの世に無い」の本来の解釈とは大きくズレますが、関門海峡は1日4回 潮の流れが変わります、数億トンの海水が東流れ西流れを繰り返しながら全体としてはどちらに流れているのでしょうか。屈曲した狭い地勢、えぐられた凸凹のある海底の地形等によって強潮流・ワイ潮が現れます。
長時間にわたる潮流観察の結果でも大潮、中潮、小潮、長潮、若潮時のハーモニーは微妙に異なり、定点・定時における潮流の予測値の算出はある幅の範囲内でしかとらえられないのが実態です。

言葉では言い尽くせたとしても、やはり、具体的な局面の事象は経験しなければ判りません。次善の策はその中で会得して安全運航に寄与できるものだと水先人は確信しています。

関門海峡の通峡船および関門港への入出港船の安全な水先業務と運航能率増進に向けて、水先人会所属の会員、社員一同、一層精励し、海難事故ゼロを目指し邁進していきます。関係機関をはじめユーザーの皆様方のご指導、ご支援を賜りますよう本年もよろしくお願い申し上げます。

                                 関門水先区水先人会 会長 下野勝郎
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# by kshpa | 2010-01-04 09:48  

年頭所感

 新年明けましておめでとうございます。2009年が皆様にとって良い年となりますようにお祈り申し上げます。
 ゆく年くる年、万感の思いでそれぞれの年を越されたことと思いますが、特に昨年9月ごろからの急激な経済変動は全く予想のつかないものでした。米国発の金融不安、消費の落ち込み、製造業の減産、リストラ等、あっという間に実体経済に大きな影響が及んで新聞紙上は毎日その関連の記事で溢れかえっています。なかでも雇用情勢の悪化により塗炭の苦しみを味あわされている人たちへの救援策が急務で解散風など吹く間はなさそうです。

 海運界をはじめ水先人会を取り巻く経済環境も大きく変動していくのは目に見えています。日本のバブル崩壊後の失われた10年をやっと乗り越え順風満帆かと思っていたら、今や、不採算船の解撤、係船対策なども検討しているとかその変化はめまぐるしいばかりです。
 昔の大航海時代の帆船は自然の猛威に翻弄された時、大時化の中、帆をたたみ、投荷し、はたまたマストを切り倒し、難破を逃れたとの物語を読んだことがあります。気象衛星や情報伝達手段が発達した現代ではあり得ぬ話ですが、耐え忍ぶのは同じことでしょう。
 かつて小生は北太平洋を横断する船舶に乗船時、最適な航海ルートを選定するため気象情報会社の推薦ルートを採用していました。その社の宣伝文句の『凪の向こうに時化がある。時化の向こうに凪がある。』という言葉を鮮明に記憶しています。自然の法則は確かでした。たまに連続する大時化との遭遇に不運を嘆いたこともありましたが。

 当水先人会の在籍水先人は現在32名、4月には5名の新人が入会予定で総数37名となります。更に3級水先人が2011年4月の入会を目指して水先人養成施設で受講中です。新水先法のもと新制度のレールは敷かれていますが、これから積み込んでいかねばならない課題も残っています。会員の英知をナビに最適なルートを選定していきたいと思います。

 関門海峡の通峡船及び関門港への入出港船の安全な水先業務と運航能率増進に向けて、水先人会所属の会員、社員一同、一層精励し、海難事故ゼロを目指し邁進していきます。関係機関をはじめユーザーの皆様方のご指導、ご支援を賜りますよう本年もよろしくお願い申し上げます。

                              関門水先区水先人会 会長 下野勝郎

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# by kshpa | 2009-01-04 10:55  

関門航路改修事業・草創の記念碑

 下関唐戸にカモンワーフ魚市場・立体駐車場の東側にバス駐車場がある。設立当時は海に面していたが、現在は奥まった所にある。
 設立趣旨 第四港湾建設局発祥の地に港湾建設の議を書きのこされた先賢の偉業を称え、これを永く後人に伝える。由来記に『古来関門海峡は、我が国屈指の海の要衝であった。往時の海峡は、大きく湾曲した水路に、与次兵衛岩・金伏瀬を始めとする岩礁・浅瀬が随所に散在して航路を複雑狭隘にして、くわえるに名にし負う危潮渦巻き、天下の難所として大いに恐れられた所でもあった。ここにおいて政府は海難の防止と海運の振興のため海峡の一大改良を決意し、明治44年4月この地に内務省下関土木出張所を開設してその事業に当たらせると共に西日本の一帯の公共事業を所掌させる事とした』現在の国土交通省九州地方整備局である。
 
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# by kshpa | 2008-08-21 11:28  

関門海峡の安全航行を見守った人達

『僧 清虚』 
大分県国見町の出身、天保7年(1838)行脚の途中、青浜にて何とか海難をなくし多くの人命を救おうと燈明台を作り13年の長い間、燈明の火を絶やさなかった。彼の死後は村人達に引き継がれ、明治5年1月、現在の灯台が完成するまで暗闇の海を照らし続けた。

『岩松助左衛門』 
小倉長浜の庄屋、文久元年 藩主より海上御用掛並び難破船支配役を命じられた。当時、海難事故の多くあった白洲に、燈明台の建設を建議した。当時の小倉藩の財政援助は期待できなかったので、私財を費やし又寄付を募り奔走した。明治新政府の灯台寮は、明治5年、彼の燈明台建設にかける情熱に「神妙奇特の至り」と強く感動し政府直営の事業とした。明治6年9月1日完成・点灯した。彼が燈明台建設の悲願を込めて以来11年の歳月が流れた。彼の顕彰碑は小倉城内にある。
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# by kshpa | 2008-05-13 11:39  

徳川時代の海峡の水先案内

 寛文10年(1670)、幕府は河村瑞賢に東廻り航路、西廻り航路の開拓を命じた。奥羽地方の米を江戸・大阪に効果的に運ぶためである。新井白石の奥羽海運記によれば「長州下関沖海中に石礁あり、海船之に触れれば忽ち敗毀を致す。故に務場人役に委ね常に嚮導小船を備え、運航を指引し以て危礁を回避せしむ。」とある。現在の水先案内の事である。寛文以後、自然と集まり一つの組合となって営業された。伊崎(下関)に殆どの水先人が住んでいたので、伊崎付船ともいわれた。(註 北前船の始まりである。) 加賀藩は100石船 石松代参30石船 因みに新潟港では、享保時代「水戸教」と呼ばれる水先案内があった。伊藤家が代々世襲であった。関門より約55年後の事である。現在水戸教公園があり、船見櫓を復元したものがある。
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# by kshpa | 2008-03-03 14:59  

関門海峡の航行安全 昔・今

明石与次兵衛碑

 文禄元年(1592年)7月、朝鮮出兵のため名護屋城(佐賀県)にいた豊臣秀吉は、母の急病を聞き、急遽大阪城に向かった。途中、関門海峡最大の難所といわれた『篠瀬(しのせ)』で御座船が座礁した。秀吉は護衛の毛利秀元(後の長府藩初代の藩主となる)により助けられたが、船奉行であった明石与次兵衛は、その責任を負って大里の浜に上陸し割腹して果てた。
 この事件の後、従来海難事故の多い所で『死ノ瀬』とも呼ばれていた。
 後、慶長5年(1600年)、豊前国の領主として入国した細川忠興は、与次兵衛の死をいたむと共に、往来船舶の安全のため『篠瀬』に与次兵衛碑を建てて示標とし『与次兵衛ヶ瀬』と呼ぶようになった。
 1823年長崎・出島のオランダ商館付医師として来日したドイツ人・シーボルトは日本に近代西洋医学を伝え、又日本の近代化やヨーロッパでの日本文化の紹介に貢献した人物である。彼の『江戸参府紀行』によると「記念碑は約2メートル50の高さの四角い柱で、四面からなるピラミッド形の飾り屋根があって碑文はない」とある。
 門司港駅より車で5分の所に和布刈公園がある。丁度関門橋の下である。周回道路の基点にある案内板より、約30mほどで、左へ展望台に行く小道があり、それをのぼると、海難守護神明石与次兵衛塔があり、海峡を見下ろしている。海上から見ると、柁ヶ鼻の海上保安部の基地の上に、瀬戸内海国立公園の看板が見えるが、その一寸上の所に、塔の頭部分が見え隠れする。大正初年ごろから始められた海峡改良工事で、この塔は運輸省第四港湾建設局(下関市)の構内に移され、第二次大戦中は防空壕を掘るため、海中に沈められていた。戦後、門司郷土会その他有志が引き揚げ(頭部は破損していた)、昭和31年4月、海難守護神明として和布刈公園に再建(頭部は本来八角型であったが誤って円型に造る)したが、関門橋建設に伴い同47年この地に移した。
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# by kshpa | 2008-02-01 01:00  

「関門海峡の航行安全 昔・今」 

 平成19年12月19日(水)、西部海難防止協会の海務懇談会が開催されました。同会に於いて浜嶋会長が「関門海峡の航行安全 昔・今」と題して講演され、連綿と続く当海域の歴史を熱く語られました。
 又、同氏は過去に日本パイロット協会(現日本水先人会連合会)会誌に明石与次兵衛に関する記事も投稿されております。海に関係のある我々にとっては、極めて興味深い内容となっておりますので、同氏の了承を得て、数回に分けて連載します。
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# by kshpa | 2008-01-21 15:16  

新年ご挨拶

 明けましておめでとうございます。今年も皆様にとって、良き年でありますよう、お祈り申し上げます。

 昨年は我々水先人にとっては改正水先法が施行され、激動の年でした。水先人会の法人化、水先料金の省令から認可料金への移行決定、新しい水先人養成制度の発足、東京湾、伊勢三河湾、大阪湾内の水先区の統合、全ての水先人の個人事業者化等々、大変革が実施され、それに付随する現場での諸々の問題処理に翻弄されました。一部は今年以降に持ち越しとなっており、引き続きその対応に追われることになりそうで、年明け早々でもお屠蘇気分に浸っている訳にもいかぬようです。

 それはさておき、今年は子年、十二支の初めの年であり、何事にも気分を一新して立ち向かえる気がします。或る運勢占い本には「活動の成果がはっきりする年、努力を重ねている人には好調な仕事運、仕事内容や職場環境の変化も予測される年でもあるが、どうのような状況下でも黙々と努力を重ねる事が大きな成功を手中にするポイント。強引な改革や方向転換は苦労のもととなる。」とあります。

 今までの実績と経験に裏打ちされた良き慣習と、新しい水先制度で要求される事をうまく摺り合わせながらソフトランディングをはかりより良い水先制度を確立したいものです。
 我々水先人の職場ではSafetyFirstが最重要視されなければなりません。経済性を追求するあまり、これが疎かになれば必ずやしっぺ返しがくることを覚悟しなければなりません。過去の数々の事例が物語っております。

 今後とも、我々水先人は関門海域の安全確保に精一杯の努力を続けてまいる所存に付き皆様方の変わらぬご支援をお願いいたします。

                       関門水先区水先人会  会 長  高祖 健一郎

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# by kshpa | 2008-01-04 14:06  

水先人の仕事

水先人の仕事
 船舶交通の輻輳する港や交通の難所とされる水域を水先区(全国35区)として、一定の船舶に対して水先免許を受けた水先人が乗り込んで当該船舶を導くことにより、船舶交通の安全を確保し、運航能率の増進・港湾機能の維持を図るものとして水先制度が定められている。
 このため、水先人は水先区における運航技術の専門家として、港湾の事情・水路状況・気象・法令・慣行等、水先に必要な知識及び技能を最大限に発揮して船舶を安全かつ能率的に運航させていく責任を有している。
 「導く」という行為内容は、航海及び操船に関し船長の助言者という立場で船舶の操縦を指揮することを示し、具体的には、本船の進むべき針路や適切な速力を指示したり、タグボートの運用などにより船舶を岸壁に着岸・離岸させたり、強潮流のある海峡・水路や船舶輻輳している狭い水路を航行させ、広い安全な水域まで本船を導いていくことなどが水先人の水先案内という仕事である。

業務内容とその特徴
 特に交通の難所とされている港・水域は「強制水先区」として水先人の乗船を義務付けており関門水先区も強制水先区のひとつで、関門通峡を通過する船舶では1万トン以上、関門港への入出港を伴う船舶では3,000トン以上(若松区を除く)を強制水先対象船として関門水先人が乗込んでいる。
 日本籍船・日本人船員の激減により水先人が乗込む外航船のほとんどは、パナマ、中国、韓国、カンボジアといった外国籍船であり、乗組員もフィリッピンや中国人、韓国、ベトナム、インドといった東南アジア系やクロアチア、ポーランド、ロシア、ブルガリアといった東欧系、コミュニケーションは当然英語であるが、中には海事専門用語すら理解できない船長・乗組員に出くわすこともあり何かと困ることも多い。
 安全に業務を遂行するためのポイントを幾つかあげるとすると、まず

 ① 本船への乗り移りが第一の関門
 ② 本船設備・性能(舵・機関・航海・係船設備など)本船とのコミュニケーション
 ③ 周囲の状況 他船との行き会いや漁船、浅瀬、航路制限
 ④ 自然条件 風雨、潮流、霧、夜間や見通し距離
 ⑤ 海上交通ルール、マナーなど航行環境との折り合い 等である。

 日本の港湾には、水域事情に併せて「港則法」「交通安全法」等により航路航行の優先や追い越し禁止、並列航行の禁止といった特別な交通ルールが決められている。
 しかし規制緩和等の流れの中、近年は当該水域の事情や特別交通ルールに精通していない不慣れな外国船が、水先案内なしで航行するケースが多くなっている。
 迷走・違法航行・不当運航などの事例も頻発しており、付近航行船に対する運航阻害・ヒヤリや衝突、乗揚げ、ブイ接触などの海難事故の発生要因、引き金のひとつであり、違法航行船からの「もらい事故」を避けるのも安全運航上、大事な要素である。

安全確保のためには
 海上交通も陸上交通と同様であり、反対車線を走ったり、無理な追い越し、突然の進路変更、信号無視、極端な低速航行、道路工事中等の交通規制・・・などなど危険要因は似通っている。交通ルール・管制・指導に従い、周囲の状況をよく確認・・・・といった交通マナーが安全航行上大事な点であるが、前述の外国船の存在を考慮しておかねばならない。
 港湾の設備や航路標識、交通ルール・慣行といったことを、不慣れな外国人がどれだけわかっているのか? 守っているのか? 交通ルールは皆が守ることにより安全が確保できるものであり、マナー違反の船は、必ずそのうち事故をひきおこすことになる! 
 要注意船に対しては徹底的な指導・管制を求めたい。
 関門海峡では、ほかに航路内に多数の漁船・プレジャーボートが存在、横切りのフェリーや作業船、ときに10ノットにもなる強潮流などの航行環境であり、海峡内での海難事故は港湾機能をストップさせ、海洋汚染や経済的損失その他、多大な影響を及ぼすことになりかねない。その海峡を1日約700隻の船舶が往来しており、雑種船・ノーパイロットの外国船、マナー違反が多い内航船・クレーン船や曳航船などなどで、大型船や危険物船の航行には細心の注意が必要である。

今後の問題として
 我々水先人は、水先要請があれば深夜早朝・雨天強風などを問わず24時間、応召する体制を常に整えている。このため日ごろから身体能力の維持をはじめとする自己管理・研鑽に励んでいるところである。
 H19年4月より「新水先法」が施行され大幅な制度改正となった。しかし水先人の業務・責任・困難性などはますます厳しくなっていく環境であり、しかも大きな課題として受け止めているのは「後継者の養成並びに人材の確保」である。
 海上という自然環境と対峙する職業であり、経験と勘、感性がすべてともいえる。
 瞬時に周囲、他船・自船状況を判断し、経験と知識、情報に裏づけされた的確な決断・指示が下船するまで途絶えることなく続く。一瞬の油断も許されないピーンと張り詰めた緊張、・・・。これからますます海上経験豊富な日本人船長がいなくなる状況で、多種多様な外国船に乗り込み「安全請負人」としての役目を果たし続けるため、後継者養成にも重点を傾注し、陰ながらも日本の港湾機能を支えていきたい。

c0130207_114539.jpg船舶への乗り込み
この「乗船・下船」という行為は高波や強風、夜間も行われ、大型船では相当な高さをハシゴで登るため、危険をはらんでいる。


c0130207_11483022.jpg 「船橋」と呼ぶ最上層の操舵室
前方見張り、港湾との連絡調整情報確認しながら、針路速力・機関出力・タグボートなどへの指示をしながら慎重に操船。
(左から水先人、航海士、船長)。


c0130207_12381117.jpg岸壁への着岸操船
タグボートに押させながら船間距離前後25mほどで岸壁に寄せているところ。マストに掲げている旗は、行先の係岸旗と水先人乗船中を示す。



c0130207_13104991.jpg大型危険物LNG船の入港
浅瀬や潮流などの自然条件を考慮し、他の船舶や集団操業中の漁船などとの衝突を避けながら、タグボートの支援を受けながら慎重に航行している。
(手前は戸畑航路4番灯標)


                                    平成19年11月 1日
                     関門水先区水先人会  水先人  内田 研一
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# by kshpa | 2007-11-01 00:00  

関門海峡の水先人

関門海峡の水先人
○ 関門海峡の水先案内の歴史は古く神武東征、神功皇后の外征、寿永の源平壇之浦の合
  戦、文禄年間の豊臣秀吉の朝鮮出兵軍の海峡通過等々の歴史の裏側に語り継がれてい
  る。

○ 寛文10年(1670)河村瑞賢は幕府の命により、東廻り海運を開き、続いて西廻り海運を開
  いた。奥羽地方、出羽の産米の移入計画であった。後年の北前船の初である。新井白石の
  奥羽海運記によれば「長州下関沖海中に石礁あり、海船之に触るれば 忽ち敗毀を致す。
  故に務塲人役に委ね常に嚮導小船を備え、運航を指引し、以て危礁を回避せしむ」とある。
  現在の水先案内の事である。風・潮待ちの泊地として南風泊(はやどまり)福浦湾(下関・
  彦島)田野浦(門司)が利用された。寛文以後自然と集まり一つの組合となって営業された。
  小瀬戸に沿った伊崎(下関)に殆どの水先人が住んでいたので伊崎付船とも呼ばれてい
  た。

○ 明治政府は明治9年 任意水先制度の採用を決定。西洋形船水先免状を制定し翌年水先
  免状・第1号として、モールマン、第2号、第3号に 北野、富田に授与されたが日本人の活
  躍の場はなく消えていった。当時の外人パイロットは東京湾~和泉灘~瀬戸内海~長崎に
  至る免状を所有している人が多かったので、関門海峡も彼らの活躍の場であった。

○ 明治21年モールマンが二代目神戸港長となった。彼は「大いに邦人の水先人受験を奨励
  した」との記録がある。多くの外国船が来邦するようになったが、正規の水先人が少数であ
  ったので、所謂 潜りパイロットも多くいたようである。
  明治16年下関港 22年門司港が石炭等の五品目の特別輸出港に指定され、外国船が入
  出港するようになった。5月升田音松(神田出身)吉原辰造(向島)が免許水先人となった。
  現存する名刺には英語で名前と下関海峡の免許水先人 六連(Rokuren)とある。本来は
  門司港より六連島間の仕事だが、六連島~神戸の仕事もしていたようである。明治28年
  日清講和会議に来関した、李鴻章の船の水先案内したとの自慢話が升田家に口伝された。

○ 明治32年水先法公布、この法律の眼目は国籍条項と定年60才として外水先人をなくす施
  策である。因みに最後の外水先人が去ったのは、大正14年である。明治37年6月下関水
  先区が設置された。当時の内海水先人には3枚免状の行使が許されていた。関門海峡は内
  海水先人と下関水先人の両者が仕事をしていた。当然この問題は軋轢を生じた、紆余曲折
  あったが昭和33年4月 円満解決した。

           ホームページ開設にあたり 西部海難防止協会 濱嶋会長より寄稿
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# by kshpa | 2007-08-20 15:34  

日本丸寄港!

日本丸が寄港しました。
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日本丸が寄港しました。日本丸が寄港しました。
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# by kshpa | 2007-08-03 17:46