水先人の仕事
船舶交通の輻輳する港や交通の難所とされる水域を水先区(全国35区)として、一定の船舶に対して水先免許を受けた水先人が乗り込んで当該船舶を導くことにより、船舶交通の安全を確保し、運航能率の増進・港湾機能の維持を図るものとして水先制度が定められている。
このため、水先人は水先区における運航技術の専門家として、港湾の事情・水路状況・気象・法令・慣行等、水先に必要な知識及び技能を最大限に発揮して船舶を安全かつ能率的に運航させていく責任を有している。
「導く」という行為内容は、航海及び操船に関し船長の助言者という立場で船舶の操縦を指揮することを示し、具体的には、本船の進むべき針路や適切な速力を指示したり、タグボートの運用などにより船舶を岸壁に着岸・離岸させたり、強潮流のある海峡・水路や船舶輻輳している狭い水路を航行させ、広い安全な水域まで本船を導いていくことなどが水先人の水先案内という仕事である。
業務内容とその特徴
特に交通の難所とされている港・水域は「強制水先区」として水先人の乗船を義務付けており関門水先区も強制水先区のひとつで、関門通峡を通過する船舶では1万トン以上、関門港への入出港を伴う船舶では3,000トン以上(若松区を除く)を強制水先対象船として関門水先人が乗込んでいる。
日本籍船・日本人船員の激減により水先人が乗込む外航船のほとんどは、パナマ、中国、韓国、カンボジアといった外国籍船であり、乗組員もフィリッピンや中国人、韓国、ベトナム、インドといった東南アジア系やクロアチア、ポーランド、ロシア、ブルガリアといった東欧系、コミュニケーションは当然英語であるが、中には海事専門用語すら理解できない船長・乗組員に出くわすこともあり何かと困ることも多い。
安全に業務を遂行するためのポイントを幾つかあげるとすると、まず
① 本船への乗り移りが第一の関門
② 本船設備・性能(舵・機関・航海・係船設備など)本船とのコミュニケーション
③ 周囲の状況 他船との行き会いや漁船、浅瀬、航路制限
④ 自然条件 風雨、潮流、霧、夜間や見通し距離
⑤ 海上交通ルール、マナーなど航行環境との折り合い 等である。
日本の港湾には、水域事情に併せて「港則法」「交通安全法」等により航路航行の優先や追い越し禁止、並列航行の禁止といった特別な交通ルールが決められている。
しかし規制緩和等の流れの中、近年は当該水域の事情や特別交通ルールに精通していない不慣れな外国船が、水先案内なしで航行するケースが多くなっている。
迷走・違法航行・不当運航などの事例も頻発しており、付近航行船に対する運航阻害・ヒヤリや衝突、乗揚げ、ブイ接触などの海難事故の発生要因、引き金のひとつであり、違法航行船からの「もらい事故」を避けるのも安全運航上、大事な要素である。
安全確保のためには
海上交通も陸上交通と同様であり、反対車線を走ったり、無理な追い越し、突然の進路変更、信号無視、極端な低速航行、道路工事中等の交通規制・・・などなど危険要因は似通っている。交通ルール・管制・指導に従い、周囲の状況をよく確認・・・・といった交通マナーが安全航行上大事な点であるが、前述の外国船の存在を考慮しておかねばならない。
港湾の設備や航路標識、交通ルール・慣行といったことを、不慣れな外国人がどれだけわかっているのか? 守っているのか? 交通ルールは皆が守ることにより安全が確保できるものであり、マナー違反の船は、必ずそのうち事故をひきおこすことになる!
要注意船に対しては徹底的な指導・管制を求めたい。
関門海峡では、ほかに航路内に多数の漁船・プレジャーボートが存在、横切りのフェリーや作業船、ときに10ノットにもなる強潮流などの航行環境であり、海峡内での海難事故は港湾機能をストップさせ、海洋汚染や経済的損失その他、多大な影響を及ぼすことになりかねない。その海峡を1日約700隻の船舶が往来しており、雑種船・ノーパイロットの外国船、マナー違反が多い内航船・クレーン船や曳航船などなどで、大型船や危険物船の航行には細心の注意が必要である。
今後の問題として
我々水先人は、水先要請があれば深夜早朝・雨天強風などを問わず24時間、応召する体制を常に整えている。このため日ごろから身体能力の維持をはじめとする自己管理・研鑽に励んでいるところである。
H19年4月より「新水先法」が施行され大幅な制度改正となった。しかし水先人の業務・責任・困難性などはますます厳しくなっていく環境であり、しかも大きな課題として受け止めているのは「後継者の養成並びに人材の確保」である。
海上という自然環境と対峙する職業であり、経験と勘、感性がすべてともいえる。
瞬時に周囲、他船・自船状況を判断し、経験と知識、情報に裏づけされた的確な決断・指示が下船するまで途絶えることなく続く。一瞬の油断も許されないピーンと張り詰めた緊張、・・・。これからますます海上経験豊富な日本人船長がいなくなる状況で、多種多様な外国船に乗り込み「安全請負人」としての役目を果たし続けるため、後継者養成にも重点を傾注し、陰ながらも日本の港湾機能を支えていきたい。
船舶への乗り込み
この「乗船・下船」という行為は高波や強風、夜間も行われ、大型船では相当な高さをハシゴで登るため、危険をはらんでいる。
「船橋」と呼ぶ最上層の操舵室
前方見張り、港湾との連絡調整情報確認しながら、針路速力・機関出力・タグボートなどへの指示をしながら慎重に操船。
(左から水先人、航海士、船長)。
岸壁への着岸操船
タグボートに押させながら船間距離前後25mほどで岸壁に寄せているところ。マストに掲げている旗は、行先の係岸旗と水先人乗船中を示す。
大型危険物LNG船の入港
浅瀬や潮流などの自然条件を考慮し、他の船舶や集団操業中の漁船などとの衝突を避けながら、タグボートの支援を受けながら慎重に航行している。
(手前は戸畑航路4番灯標)
平成19年11月 1日
関門水先区水先人会 水先人 内田 研一